Caoimhin O Raghallaigh & Thomas Bartlett(2019)CDRW-226

「普遍の温もりが佇む、夢幻と追想の揺らめき。」

 

 この一文はディスクガイド『Quiet Corner2』で、音楽レーベルを主催する寺町知秀さんがトーマス・バートレッド の音楽について語った文章の見出しにあたります。思索に富む美しい表現から、音楽の本質を垣間見えたような思いがしました。

 アイルランドのバンドThe Gloamingのメンバーであるフィルド奏者のケヴィン・オ・ラハヤとピアノ奏者のトーマス・バートレッドのデュオによって制作されたアルバム『Caoimhin O Raghallaigh & Thomas Bartlett』について少々触れてみたいと思います。

 フィルドといってもさまざまな種類があるようです。今回のアルバムにはハルダンゲル・ダ・モーレとクレジットされています。ハルダンゲル・フィルド(ハーディングフェーレ)はノルウェー西部のハルダンゲル地方で生まれた擦弦楽器で、4本のガット弦の下に共鳴弦が張られているという大きな特徴を持っています。ダ・モーレは「愛」という意味で使われますが、通常のハルダンゲル・フィルドとどのように異なるのか調べてもいまいちわかりませんでした。

 共鳴弦の効果は絶大です。アルバム冒頭から聴き手の心象を刺激する広がりと余韻があるどこか懐かしい弦の響きが聴こえます。弦を擦るノイズのような音や、ギターの音色にも似たピッチカートからは、土の匂い、木々のゆらめき、潮の香りだったり、流れる雲だったり、生活における人々の営みが見えてきます。

 ピアノのバートレットは研ぎ澄まされた感性で、単音による効果を見極め、基本的にミニマルな旋律のつながりや、少ない音の塊を断片的に配列して、時にやすらぎのある和音を加え、時にひんやりとした緊張感を生み出していきます。都市の孤独のようなものも感じられるでしょうか。いずれにしろ、とても透明感があります。そして、フィルド同様にこちらも残響と余韻に多くの音楽的な要素があるように思えます

 

 印象に残るCDジャケットの写真はソール・ライター作『snow』(1960)です。バスの中から見える大都市ニューヨークのまばらな往来。人々のシルエットが曇った窓ガラスに溶けて毛筆で描いたような、抽象的な風景に変容しています。観る人の心象を刺激するという点でこの写真もまた「夢幻と追想のゆらめき」なのだと思います。