ヘンデル:オラトリオ《メサイア》HWV56/ラーデマン&ゲヒンガー・カントライ(2019)ACC30499CD

 これは、ラーデマンたちの《マタイ》を聴いた時にも感じたことですが、《メサイア》の序曲が始まった瞬間に「温かみのあるアンサンブルだな」と、肩の力が抜けました。なめらかな肌触りは序曲に続くテノールの『Comfort ye』、そして『Ev'ry valley』へと繋がっていきます。ここでは、ベネディクト・クリスティアンソンの伸びのある歌唱が前向きな作品の世界観を示してくれます。名手キャサリン・サンプソンの瑞々しい歌声が魅力的な『Rejoice greatly』、そして、メサイアの中心的なアリアである『He trusted in God』を歌うベンノ・シャフトナーは豊かな表現力でキリストの受難を語り、ソリストに抜かりはありません。

  ドイツ人のヘンデルだなと思わせるのは、通奏低音にファゴットを追加していることとオルガンの存在感です。とはいえ、それらの楽器は前に出すぎることはなくマイルドで安定した全体の色調を支えています。

 私がこのアルバムで最も感動したのは、合唱『For unto us a Child is born』から続くPifaまでの流れです。このキラキラした美しい合唱曲をゲヒンガー・カントライは実直な真面目さと真摯さで的確に歌っていきます。喜々として快調なテンポの合唱に続くPifaでは、ゆったりとした素朴な響きに変わり、静けさの中に喜ばしく優しい時間が流れていくような多幸感に包まれます。ラーデマンは新味を出そうとか個性的な主張を盛り込もうとはしません。丁寧に音楽の繋がりを意識し、一つの作品世界をまとめ上げることにおいて大変に熟達した名匠だと思います。