カンタータ第103番《あなたたちは泣きわめくでしょう》

 バッハのカンタータ《あなたたちは泣きわめくでしょう Ihr werdet weinen und heulen》BWV103は、1725年4月22日の復活祭後第3日曜日に初演されたカンタータです。作詞はクリスティーネ・マリアーネ・フォン・ツィーグラーという女流詩人だとされています。彼女が作詞した第3曲のアルト・アリアの歌詞の中にこんな歌詞が出てきます。「医者はあなた以外には見出せません、私がギレアド中を探しても」。ここ出てくる「ギレアド Gilead」という聞きなれない地名が気になったので調べてみました。

 ギレアドとは、ヨルダン河東の地域一帯の地名を言います。ほとんどが山地なのですが、わずかにある農耕地ではオリーブやブドウが実り、丘の斜面の牧草地でば香木が栽培され、乳香(にゅうこう)の産地として名高いそうです。ちなみに乳香とは、カンラン科ボスウェリア属の樹木から採取される固形の樹脂のことです。

 また、バッハの他のカンタータ《私の体には健康なところがありません Es ist nichts Gesundes an meinem Leibe》BWV25のバス・アリアには、「どんな薬草も膏薬も癒しません、ギレアドの乳香ほどには」という歌詞があり、歴史的にギレアドの乳香がいかに重宝されていたかがわかります。

 ギレアドのことが何となくわかったところで、このカンタータを聴いてみます。冒頭はやや特殊な感じがします。まず、楽器ですが木管に2本のオーボエ・ダ・モーレとソプラノ・リコーダーが配置されています。このリコーダーの甲高い音色が3拍子のリズムに乗って独奏する様は、さながらリコーダー協奏曲といっても言い過ぎではないでしょう。「タン・タ・タ、タン・タ・タ」の印象的なリズムに合唱がポリフォニックに絡んでいきます。実に力強くスピーディーです。せわしないヴァイオリンとリコーダーの旋律は、キリストを喪失し「泣きわめく」民衆を表しているのでしょう。ところが、中間部で曲調は一変します。突如としてテンポがアダージョとなり、バスのアリオーソが「あなたたちの悲しみは喜びに変えられるのだ」と告げます。すると再び、冒頭の曲想が戻り、盛り上がりを見せて合唱は閉じられます。

 第2曲のレチタティーヴォに続いてはアルトのアリアです。ここでは、オブリガートにソプラノ・リコーダーかヴァイオリンのどちらかを選べるように書かれています。例のギレアドの地名が出てくるのがこの部分で、「あなた(キリスト)が隠れているなら、私は死ぬしかない」と、嘆きの歌になっています。

 第4曲のレチタティーヴォを経由して、第5曲は輝かしく堂々としたテノール・アリアです。トランペットが登場し、駆け上がるように音階を奏します。「私が涙に沈む前に、私のイエスが再び姿を見せてくれる」と。

 最後はパウル・ゲルハルト作のコラールで締められます。