エリザベス・ペイトン

 右に絵は《Kurt Sleeping(眠るカート)》という題名でした。カートとはニルヴァーナカート・コバーンのことだということです。私はこの絵を原美術館で観たとき、少女が絵本でも読んでいるうちにうとうとしてしまったのかなと眺めていたのですが、確かに頬がこけていたり、目や眉毛がキリッとしすぎていて、なんとなく違和感がありました。会場を一通り観て、カートの絵が一番いいなと思ってちょっと解説を読むと、この絵の人物が男で、しかも27歳で自殺したバンドマンであったことを知ったのです。

 私はこれまでニルヴァーナの音楽を聴いたことはなかったし、カートの人となり、自殺の原因など何もかも知らないわけですが、絵の人物になぜか愛着を持ちました(数日後、You Tubeでニルヴァーナを聴きましたが、私の趣味ではありませんでした)。それはエリザベス・ペイトンが描くものすべてに当てはまることかもしれません。どの作品も速い筆致が感じられます。未熟で中性的なモデルの横顔、あるいは静物。描かれている過去の偉人(バイエルン王ルードヴィヒ2世やワーグナーなど)や著名人が身近に感じられるのです。一方で、中世の壁画のような落ち着きと年輪を感じるから不思議です。ここで、松井みどりさんの著書にあるペイトンに関する記述を紹介したいと思います。

 

「彼女の絵は、一目に見てきれいで、そこには、描いている人の憧れの対象へ向けられたまっすぐな欲望がはっきりと見て取れます。それは知的なものではないかもしれませんが、感情的な真実を表しています。」「ペイトンの絵からは、無名で〈眼に見えない存在〉でありながら、愛するものを〈見つめる〉視線を獲得している女性の姿が浮かびあがるのです。」

カルチャー・スタディーズ『“芸術”が終わった後の“アート”』ーより

 

また、展覧会の冊子に書かれたペイトンの言葉も書いておきましょう。

 

「絵画は、一瞬一瞬の時間の蓄積である。あるいは時間をかけて生じるものである。絵画とは、それ自身が必要とするものをすくい上げていく作業だ。絵画の中に起きていることをただじっと観察する。絵画は時間とともにある、それゆえ大きな影響力をもつものとなる。」

ーエリザベス・ペイトンー

 

私は25分くらいで展示を観てしまい、少しもったいない気もしましたが、それでいいような気もして晴天のまだ肌寒い住宅街を抜け品川駅まで歩いて戻りました。

 

美しい関連動画をひとつ↓