松野建さんと小原道雄さんの《古の風》

松野さんからのメールは2年半ぶりくらいだっただろうか。

 

「フラウト・トラヴェルソで演奏会が決定しましたのでお知らせします。聴いてもらいたいです。」

 

いつもメールは松野さんからで、毎回申し訳ないと思う。私が古楽が好きなのを重々承知で連絡してくれたのだろう。そんな気遣いがとてもうれしくなった。

 

2017年1月15日(日)14:00開演。場所は新大久保スタジオ・ヴィルトゥオージ。JR新大久保駅を降りて高田馬場方向に徒歩5分程度のところにあるマンションの地下が会場だった。

曲目は以下の通り。

《古の風》

・テレマン:パルティータ第2番ト長調 TWV41:G2

・ボワモルティエ:ソナタ第1番ホ短調 作品9-1

・中田喜直:さくら横ちょう

・山田耕筰:からたちの花

・武満徹:ヴォイス(フルート独奏)

 ー休憩ー

・テレマン:無伴奏フルートのための12の幻想曲第7番ニ長調 TWV40:8(フラウト・トラヴェルソ独奏)

・シェドヴィル:ソナタ第2番ハ長調「忠実なる羊飼い」

・ソレル:ソナタ ニ長調 R.84(チェンバロ独奏)

・ロペス:スペインのファンタンゴによる変奏曲(チェンバロ独奏)

・ヘンデル:ソナタ ホ短調 HWV359b

 ーアンコールー

・武満徹:小さな空

・J.S.バッハ: Badinerie

 

バロックの諸国の様式に、日本の楽曲も織り交ぜて、多彩なプログラムを奏でる松野建さんとチェンバロの小原道雄さんのデュオは聴きごたえ十分だった。松野さんのトラヴェルソは、フレーズの表情にいかに微妙なニュアンスを与えられるか、細かく細かく彫琢していくのだが、それが神経質になっておらず、むしろダイナミックに足裏の重心や顔の表情を変化させながら、作品の劇的な効果を引き出そうとしているように思えた。低音の質量感が素晴らしいチェンバロの音色とも相まって、弱音や静寂の効果や、緩急の変化をメリハリをつけて展開させていた。観客と奏者の距離が近かったため、デュオの息遣いがよく聞こえ、武満の楽曲では高い緊張感が漂った。

 

「武満のロマン派の抒情とは違った、音の組み立てや音色によって構成される音楽は、バロック音楽と通じるところがあるのではないでしょうか(抄訳)」(曲間解説より)

 

バロックの格調とグルーヴは、デジタルな律動とは違って、風になびく葉っぱの様に、自然で心地よく、ややローカルな揺れがなければ面白くならないと思う。演奏のテクニカルなことはわからないが、心地よい律動を生む身体の使い方や呼吸の仕方を習得していくことはとても難しいのではないかと想像する。テクニカルなものが天然の美しさを得るまでのプロセスがいかに険しいものだとしても、芸術の素晴らしさが人口と自然の間に漂っているのだとすると、その確信へ肉薄していく演奏家の姿は見ているだけで感動的である。ローカルな魅力という意味では、大原さんのスペインもの独奏がとても面白く、もっとその辺の音楽を聴いてみたくなった。

 

「最近はいろんなものを吹いていて、演歌なんかもコラボしているんですよ、でも古楽はそんなにやっていませんでしたよ」

 

終演後に久しぶりに松野さんと話して、「変わらないな、つくづくこの人は音楽が好きなんだな」と、私も嬉しくなって写真をスタッフの方にお願いしたのだった。