J.S.バッハ:ロ短調ミサBWV232/ガーディナー(2015)SDG722

ずいぶん昔のエッセイですが、伊丹十三の『ヨーロッパ退屈日記』には次のような記述があります。

 

「日本人は、英語の子音の発音に関しては、どんなに神経質になっても足りるということはないのです」「イギリス風の発音は、例えばRを発音するとき、アメリカの様に喉をしめない。子音は明瞭に発音し、例えばベターがベラーのようにならない。鼻にかかった発音をしない」。

 確かにそのように書かれると、イギリス人の歌ったり弾いたりする音楽を聴いてみるとハッキリとした子音があるように思えます。ガーディナーとその仲間たちの音楽はその最たるものでしょう。2015年3月に再録音された《ロ短調ミサ BWV232》の冴え冴えとした言葉の鮮度には特別な美観が宿っているように思います。どこを例に出してもいいのですが、例えば〈Et in terra pax 〉のpaxのpのちょっとかわいい破裂音。言葉の抑揚や色彩を探求してフレーズの流れが生まれていく面白さがあります。

 私は彼らのそれがラテン語やドイツ語の発音にふさわしいものになっているのか見当もつきません。作品解釈にしても古楽器の演奏ではありますが、モダンな感じがします。Credoの最後の部分にあたる〈Et exspecto〉のグーと速度と音量を弱めてからの爆発的な復活の表現は、とても濃厚な演出だと思います。ゆったりと生成されていく終曲〈Dona nobis pacem 〉の大きな高揚はこの上なくロマンティックです。細かく濃密な合唱とアリアを関連づけてつなげていきながら有機的な流れを生み出していく構成力は、俗っぽいことを言えばヒューマンな映画を観るようです。

 演奏において好感を持つのが、合唱団が声をいっぱいに張り上げているのが感じられることです。攻めに攻めているのに、精密さを失わないのはモンテヴェルディ合唱団の技術力と経験の豊かさからすると当然のことなのかもしれません。2つ目の〈Kyrie〉なんて堂々と力強く始まったかと思ったら、恐ろしく弱音を際立たせる部分もあってニュアンスの宝庫です。独唱も合唱のメンバーから選出されており、中でも瑞々しいEsther BrazilとMeg Bragleの歌声に私は惹かれる。イングリッシュ・バロック・ソロイスツの合奏力とコラパルテでの寄り添い方は熟練していて、時に即興的なソロも聴こえます。

  私はガーディナーが好きでいろいろ聴いてきましたが、その中でこの録音はガーディナーと仲間たちが、特別思入れたっぷりに演奏したものだと感じました。作品と演奏家の距離が近すぎるような気もしますが、卓越した構成力と推進力には圧倒されます。