J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲BWV1046-1051/ピノック(2006、07)AV2119

音楽に関心をもって熱心に聴き始めた頃からトレヴァー・ピノックのセンスを疑ったことはなかった。品があり、健康的で、野心やケレン味を微塵も感じさせない無垢さ。どのCDにも好感が持てた。そんなピノックもアルヒーフを辞め、イングリッシュ・コンサートもマンゼに引渡し、なかなか今の彼を聴けなくなってしまった(演奏活動は精力的に行っているようだが)。

このブランデンブルク協奏曲は、ピノック60歳の年に結成したその名もEuropean Brandenburg Ensembleにより録音されたもので、チェンバロはもちろんピノック自身が担当している。

近年特にブランデンブルク協奏曲のアプローチは多様化し、次々と鮮烈な録音が世に送り出されている。その中で、ピノックの2度目の録音となった当盤は至ってシンプルな仕上がりとなっており、特筆すべき特徴や宣伝文句は見当たらないようにも思える。にもかかわらず、というかだからこそと言うべきか作品の素晴らしさが明確に伝わってくる良さがある。雰囲気として余裕がたっぷりあり、奏者が楽しそうに自由を謳歌している。マンソンとピノックという気の知れたコンビが低音を支えていること自体が緊密で自由な表現の縮図と言えよう。彼らのテンポの取り方は全体的に中庸で、古楽器の演奏に馴れた人ならゆったりと感じられる速度かもしれない。勢いに任せることはなく、ひとつひとつの音をしっかりと伸びが感じられるくらいに鳴らし、響きに厚みと開放感を持たせている。弾力感のあるリズムにより、どこまでも心地よく聴いていられる。ポリフォニーの描き分けもしっかりと押さえている。第3番では弦だけからなる同質の音質の中で声部間の役割を明確にして劇的に構成している。第5番の第3楽章では弦、木管、鍵盤が三つ巴の理想的な立体感を生み出している。他の華やかなナンバーでは、リコーダーにしろ、トランペットにしろ実にカラフル。兎角古楽器による速めの演奏を求めがちの昨今において、このCDはひとつ上の次元にあるような気がする。これはピノックの無垢さが成し遂げた幸福論だと思う。