ギヨーム・デュファイと酒

マルタン・ル・フラン『婦人たちの擁護者』挿絵よりデュファイ
マルタン・ル・フラン『婦人たちの擁護者』挿絵よりデュファイ

「吉田類の酒場放浪記」のサウンドトラックは結構売れたらしい。番組中の音楽がどの程度酒に由来しているものなのかはわからないが、一流のジャズが酔っ払いと紙一重(もしくは同化)に聴こえるように、音楽とは酔える芸術なのだろう。ギヨーム・デュファイにだって酒にまつわる音楽ならある。

 

デュファイといえば、ルネサンス音楽の巨人である。15世紀のベルギーとか、フランスとか、スイスとか、いわゆるブルゴーニュ公国の文化をバックにイタリアにも進出して縦横無尽に欧州を飛び回った男である。「作曲家」という職業が成立していない時代、音楽家は大抵宗教家であり、政治家であった。

 

デュファイも例に漏れず役職を方々で抱えていたが、特に変わった経歴が、1447年に故郷のカンブレ大聖堂のワイン醸造所長に任命されえていることである。なんで大聖堂がワイン作り?ワインはミサではイエスの血である。そのためこの役職は大聖堂でも最高位の役職とされていた。ただの飲兵衛には務まらない。

では、そんなワイン醸造所長のシャンソン《あなたは戦士なのだから》を聴いてみる。歌詞の内容は「俺は君と戦う、要するに飲みあいたい」というもの。この酒の戦いは少々高尚な2声のカノンで表される。そこに器楽がひとつ加わり3声のアンサンブルを形成する。酔っ払う前のご両人が真面目を装っている感じに聴こえる。

もう一曲、こちらも3声のロンドー《さようなら、ランのうまきかの酒》を聴く。ランとはワインの名産地で、デュファイも1448年に仕入れのため訪れている。スーベリウス(上声)のみが歌うセンチメンタルな別れの歌。作詞もまたデュファイであるとされている。ここでの酒は別れの象徴として歌われ、酔いは思い出に浸っている。

ブルゴーニュ文化の特徴である3声のシャンソンではあるが、世俗的な歌詞はデュファイ独自のものと言える。ポリフォニーを生き生きと温かい曲調にまとめ上げる手腕が素晴らしい。

癖になりそうな予感。