鈴木雅明による『音楽の捧げもの』講座in佐倉

7月13日(日)に鈴木雅明の音楽講座が佐倉市民ホールで催された。題して、『J.S.バッハ「音楽の捧げもの」を学ぶ』である。内容は、バッハ好きにはたまらなく興味深い解説の数々であったのでここに一部その内容を書こうと思う。


18世紀前半ドイツの宮廷ではフランスの思想・文化が流行っていた。貴族たちはフランス語を話し、ギャラントな流儀を嗜みとしていた。例に漏れずフリードリヒ2世は、疎ましかった父のヴィルヘルム1世が死んでからは大好きなフルートを吹き吹き自由を謳歌していた。大王はC.P.E.バッハとも若くから親しくしていて彼を雇っていた。

エマヌエルの父J.S.バッハが、どういうわけかポツダムの大王に呼ばれたのが、1747年5月7日。大王は「王のテーマ」なる旋律で即興演奏をするようライプツィヒの巨匠に言い渡す。

鈴木氏は「王のテーマ」のいやらしさについてこのように話している。

「出だしはハ短調の三和音。対位法の展開において、旋律に三和音が含まれるとやりにくい。次の減七の跳躍はバッハにはよくあることだが、次の半音階進行が調性感を曖昧にする。そしてテーマが長い」。

J.S.バッハは見事に即興を披露するが、続く六声リチェルカーレの要求にはすぐには答えられなかった。そこでバッハは、この作品を含む王の主題による複数のカノンを作曲し献呈することにした。同年の9月に出版も果たしている。

鈴木氏は「三声のリチェルカーレは密度が高く厳格であるのに対して、六声のリチェルカーレは自由な構成で対照的な仕上がりを意識している」。
と話した。


『音楽の捧げもの』と題されたカノン作品。2つのリチェルカーレの他に、ソナタと10のカノンが作曲された。四楽章構成のソナタについて鈴木氏は「ソナタ・ダ・キエーザつまり教会風ですね。当時は三楽章構成が普通で、フリードリヒ大王の作曲したものはすべて三楽章で作曲されていました。教会臭のするものは、啓蒙思想においては好まれない。第一楽章はサラバンド風の三拍子でカンタータ第6番の冒頭に似ています。とても重い雰囲気です」。さらに、「第二楽章は、ブーレーのリズムで始まりますが、四小節からすばやい転調をくりかえします。これはコンチェルトの様式です。啓蒙思想において混合された様式も好まれませんね。統一された様式を好みます。そして、王のテーマが出てくるところは定旋律の技法です。教会的ですね」、「第三楽章は遠隔調に転調を繰り返します。器楽作品にはなかなか珍しい」とソナタの特殊性を指摘した。


バッハは大王への献辞の言葉にドイツ語を選んだ。通常はやはりフランス語を使うのだと言う。そもそもMusikalisches Opferというタイトルに使われているOpfer(オファー)という単語は、いけにえで捧げるという意味合いがあり、一般的にはまず使われない。キリスト教的な言葉だと説明された。


最後に『音楽の捧げもの』の目的について、「フランス啓蒙思想やそうした価値観への非難があったのではないか」と話す。バッハはすべてのものは中心(神)からもたらされるのだと考えていた。百科全書派や、啓蒙思想の考えは、個人力や知力を重視した。その結果、音楽はホモフォニックになっていった。わかりやすいことが重要で、複雑なもの、カノンのような技法を軽視するマッテゾンのような理論家も登場した。そういった意味においてバッハは前時代的な人間だった。フリードリヒ大王はバッハの即興技術に喜びはしたが、この作品を部下に演奏させたかはわからない。ほかにも、鈴木氏は興味深い話を数々展開させていたが、さらに難しい話にもなるので、ここで失礼する。