追悼 クリストファー・ホグウッド

  ホグウッドが死んだらしい。

  この間も、ブリュッヘンが死んだばかりなのに、古楽の重鎮が次々と世を去る時代がついにやってきてしまったのかと不安を感じている。私がクラシック音楽を聴き始めた2000年前後のクラシック界は、すでに古楽器(オリジナル楽器、ピリオド楽器)による演奏が市民権を得ていて、モダン楽器の演奏法にも影響を及ぼして幅を利かせていた。とはいえ、ビギナーのリスナーだった当時の私が古楽による演奏に接するチャンスはそれほど無かったと思うし、意識して捜し求めるほどの知識も熱量もなかった。

 そんな私に決定的に古楽の洗礼を与えくれた演奏家がホグウッドだった。NHKの「芸術劇場」という番組で、ホグウッド&アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックのモーツァルト三大交響曲演奏会が放映されてそれを見たのだ。2001年だったと思う。ピストンのないトランペットや木製のフルート、革張りのティンパニの見たことのない形に釘付けになりながら、快速で吹っ飛ばすテンポと、サウンドの新鮮さ、斬新なアクセント、何もかも私の知っているモーツァルトではなく、驚きつつも、体が反応してしまい、楽しくなってしまった。私の音楽体験でもっとも啓蒙的な瞬間だったと思う。

  その後に知ったことだが、ホグウッドのキャリアの全盛期は1980年くらいであったと一般的には考えられている。1960年代、70年代、カラヤンやクライバー、バーンスタインといった巨匠がバリバリの現役だった時代に、古楽界はというと実にマニアな世界であった。アーノンクールやレオンハルトは確かに新機軸の演奏法、演奏解釈を広めていたが、技術的に未熟で理屈っぽく映っていた。

  そこに、ホグウッドが登場し、達者なハイドン、達者なモーツァルト、達者なベートーベンを次々と「全集」という形でリリースしたのだ。彼らの演奏はそれまでの古楽演奏と決定的に違っていたと想像する。

 まず、当たり前のようだがオーケストラとして成立していたことは大きな違いであった。それまでのアンサンブルが仲間うちで室内楽的編成のものが多かったのに対し、50人規模のしっかりとしたオーケストラを組織し、古典派やロマン派の交響曲も難なくカバーできることを可能にしたことにより、一般的なレパートリーで巨匠たちと勝負できるようになった。
さらに、サウンドの洗練度の高さは当時としては特筆すべきものがあったと思う。クセのあるアーティキュレーションが好みを分けていた当時の古楽にあって、ホグウッドのサウンドは美しく透明感があり耳障りがよかった。現在の古楽に対するポジティブなイメージはこのホグウッドの功績によるところが大きいように思う。
  そして、「全集」というリリース方法も彼らの学術的なアプローチがあったからこその偉業だったと思う。見事に固定化された作曲家の概念を刷新することに成功し、ビジネス的にも成功を収めた。    

  ところが、1990年代に入り古楽演奏は一般化すると、演奏水準は飛躍的に高まり、その中で個性的な演奏や解釈も増え、人々は新しいものを求めていった。その結果、ホグウッドは地味な立場に追いやられてしまったように思われた。

しかし、晩年のホグウッドは日本によく来て演奏会に客演しているように指揮者として健在だったし、2001年のあのモーツァルトが破格の感動を私に与えたことからも芸術家として生涯現役を見事に全うしたと考えていいだろう。付け加えて、ホグウッドの著書「ヘンデル」は、今なおヘンデルに関する文献の中でもっとも詳細な文献のひとつであり、学者ホグウッドの真骨頂が発揮されている名著である。